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大阪高等裁判所 昭和59年(う)1223号 判決 1985年6月19日

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、検察官増田豊作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、弁護人櫛田寛一作成の答弁書各記載のとおりであるから、これらを引用する。

論旨は、要するに、原判決は、本件公訴事実に副う住居侵入、強盗殺人、窃盗の各事実を認定し、所定刑中無期懲役刑を選択しながら、酌量減軽のうえ被告人を懲役一五年の刑に処したが、本件犯行の動機、手口・態様、殺意の程度、遺族の被害感情、社会的影響などの諸般の事情に照らすと、本件はとうてい酌量減軽を相当とすべき事案ではないというべきであるから、原判決の前記量刑は、被告人を無期懲役刑に処さなかつた点において、軽きに失して不当である、というのである。

そこで、所論と答弁にかんがみ、記録を精査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して検討するのに、本件は、少年時代に窃盗、詐欺等の事実により保護観察処分に付された前歴を有する当時二二歳の被告人が、家出して徒食するうち、金員に窮し、原判示夜久野産業有限会社(以下「夜久野産業」という。)において、同会社代表取締役東久美所有の原判示普通郵便貯金通帳一冊(残高四三万六二五円)及び印鑑二個(時価合計三万三〇〇円相当)を窃取したのち(原判示第一の事実)、引続き、一人暮しの老女足立玉枝(当時六七歳)方に侵入して同女から金品を強取しようと企て、深夜、厳重な戸締りをかいくぐつて同女方へ侵入したうえ、金品強取の方法について種々思いをめぐらせた結果、顔見知りの同女から金品を強取するにはこれを殺害するほかはないと決意し、就寝中の同女の顔を膝で押えつけ、同女の上に馬乗りになつて両手で同女の頸部を強く締めつけるなどして同女を扼殺したばかりでなく、同女所有の現金約三二万二六九〇円を強取したという事案である。ところで、本件については、各犯行の動機、手口・態様、結果、犯行後の行動、遺族の被害感情さらには社会的影響等の点をめぐり、被告人にはなはだ不利益な幾多の情状の存することは、おおむね、検察官所論の詳細に指摘するとおりであると認められる。その主要な点を摘記してみると、おおむね、次のとおりである。すなわち、

1  犯行に至る経緯、犯行の動機

被告人は、私立福知山商業高校を三年で中途退学後、店員、作業員などとして稼働したが、勤労意欲に乏しく仕事が長続きせず、転々と職を変えては遊興にふけつた末、一九歳の時に原判示第一の被害者夜久野産業に侵入して普通預金通帳と印鑑等を窃取するなどの非行を犯し、家庭裁判所で保護観察処分に付せられたが、その後も行状おさまらず、祖父に頭金を出してもらつて月賦で購入した自動車の月賦代金が払えなくなつてこれを売却したのちにおいては、売却代金の使途とその後の月賦代金の支払いに関する実父との思惑のちがいもあつて、いつそう稼働意欲を失い、昭和五九年三月二〇日ころには、被告人がまじめに稼働することを条件に親族の者が滞納月賦代金の支払いをしてくれていたにもかかわらず、現金約三万円を持つて家出してしまい、その後は、叔父中村定方に侵入して現金一万三〇〇〇円及び預金通帳等を窃取し、夜久野農業協同組合から預金一三万円を引き出して、パチンコや映画の遊興で日を過ごし、右遊興資金が底をつくや、原判示第一の窃盗罪を犯し、引き続いて同第二の強盗殺人の大罪を犯したものであつて、右犯行に至る経緯ないし犯行の動機には、同情に値する点がほとんど見当らない。

2  犯行の態様、殺意の程度

次に、被告人は、厳重に戸締りした足立方においてただ一個所だけガラスが割れていた風呂場の窓から手を差し入れて施錠を外し、同所から屋内に侵入したうえ、顔見知りの同女に顔を見られないで強盗を行う方法につき種々思いをめぐらすうち、思い切つて同女を殺害して金品を強取しようと決意し、熟睡中の同女の左横からその顔に毛編チョッキをかぶせたうえ、両手で頸部を強く絞めつけ、必死に抵抗する同女の左横から右膝をその顔に乗せて押えつけつつ執ように両手で頸部を扼し続け、完全に同女の息の根をとめたのち、同女方の室内を徹底的に物色して現金約三二万三〇〇〇円を強取し、電話線を切断して逃走したもので、厳重な戸締りをして自宅で安眠熟睡中の老女を確定的殺意に基づいて扼殺し、少額とはいえない金員を強取した右犯行の手口・態様は、悪質というほかはない。

3  結果の重大性

右犯行の結果は、日用品小売り業を営みながら、平穏な独居生活をしていた何らの落度のない老女から、突然その余生を奪うというきわめて重大なものである。自宅で安眠中突如被告人に襲われ、必死の抵抗も空しく殺害された被害者の恐怖と苦痛、無念さは、まさに察するに余りがあり、当然のことながら、残された遺族の悲しみは深く、原審段階においても被告人の厳重処罰を求めるなど、その被害感情にはきわめて強いものがあつた(ちなみに、被害者の遺族に対しては、被告人の母親から香典一〇万円、忌明けの供物料五万円が贈られた以外、何らの慰藉の措置がとられていない。)。また、本件は、平和な農村地帯において発生した一大兇悪犯罪であつて、付近住民に強い恐怖と衝撃を与えたことは、容易に推察される。

4  犯行後の行状等

被告人は、犯行後も奪取金でパチンコをしたり売春婦と遊ぶなどの生活を続けていたもので、右行動の中に、大罪を犯したことに対する悔悟の念を認めるのは困難である。

これらの諸点に照らすと、本件における被告人の刑責にきわめて重大なものがあることは、明らかなところである。

他方、本件において被告人に有利に斟酌されるべき情状としては、次の諸点を指摘することができる。すなわち、

ア  生育歴等

中学生時代に始まつた被告人の非行への傾斜の原因については、被告人の幼稚で怠惰な性格のほか、長男として甘やかされて育つたことや、素行不良な父親の影響などが考えられる。もちろん、同じ家庭環境に育つても、二人の妹が非行に走ることなく立派に成長していることからみて、被告人の人格形成上の責任は、主として被告人自身に帰せられるべきものではあるが、思春期の少年の人格形成に深い係わりを持つとされる父親の責任を無視することはできないのであり、このことは、高校入学後学級委員や議長をつとめ、一時成績も向上するかに見えた被告人が、父親の有価証券偽造、同行使、詐欺被告事件による服役とあい前後して高校を中退していること、その頃から被告人の非行への傾斜が格段に進み、父親の出所当時においては、すでに父親の押えが全くきかない状態になつていたことなどの点によつて、これを推測するに難くない。被告人が、かかる不良な家庭環境において成長したという点は、犯行当時二二歳三月という若年であつた被告人の刑責を考えるうえで、これを考慮の外に置くわけにいかない。

イ  計画性の欠如と殺害に至る経緯

被告人が、顔見知りの被害者足立方に強盗に押し入ることを決意した際の当初の計画は、被害者に目隠しをしてロープか紐で手足を縛り、動けないようにして金を奪うというものであつた。ところが、被告人は、右犯行に使用する道具などを全く用意することなく同女方に侵入したため、屋内で手頃なえものが見当らずに措置に窮し、一時、包丁で刺し殺すことや一升びんで殴打することなども考えたが、決断がつかず、二時間近くも考えあぐねた末、結局、同女の顔にチョッキで目隠ししたうえで扼殺しようと決意したものの、なおも最後の踏ん切りがつかずに躊躇逡巡するうち、同女が寝返りを打つてこちらを向いたため、とつさに気付かれたと感じて殺害の実行に踏み切つたものである。右犯行が、まさに「人の寝首をかく」卑劣なものであり、確定的殺意に基づく扼頸がきわめて執ようであり、また、その結果がまことに重大であることなどは前記のとおりであるにしても、これが、当初から被害者の殺害を意図していたり、そうではなくても、兇器を準備したり兇器を使用したりして行われた犯行と比べ犯情に若干の径庭の存するものであることはこれを否定することができず、とくに、被告人が被害者の殺害を最終的に決意するまでに示した長時間の躊躇逡巡は、被告人の反社会的性格がいまだ完全には定着したものでないことを示す事情として、量刑上無視することはできない。

ウ  被告人の年齢、改善可能性

本件は、いまだ少年期の甘えから十分に脱し切れず、思慮分別の点においても少年時代とそれほどの大差がないと見られる若年の被告人によつて犯されたものである。また、被告人の生活歴は、前記のとおりはなはだ芳しからざるものではあるが、被告人がこれまでに少年時代の保護観察処分歴一回以外に前科前歴を有しないことなどに照らすと、現在二三歳となお可遡性に富む年齢の被告人については、適切な矯正教育の実施による人格の改善の余地は、必ずしも小さくないものと考えられる。

エ  被害感情の緩和

原審段階においてきわめて強かつた遺族の被害感情も、日時の経過とともに次第に緩和し、原判決言渡し直後わざわざ検察庁に赴いて担当検察官に対し刑が軽すぎる旨苦情を申し入れた遺族(被害者足立玉枝の実弟で法律上は同女の養子である足立義之)も、当審公判廷においては、被告人の処遇につき、「現在では何とも思つていない。」旨証言している。

オ  反省の程度

被告人は、逮捕後一貫して犯行を全面的に自白しており、長期の身柄拘束生活と一、二審における実体審理の結果、相当程度の反省の情も認められる。被告人が犯行を全面的に認めたのは、多くの物的証拠により犯行を否認する余地がなかつたからであるとの検察官所論の指摘には傾聴すべきものがあるが、それにしても、被告人が逮捕直後の取調べの段階から終始一貫して素直に犯行を認め、犯行に関する詳細かつ具体的な供述をしている点は、不合理な弁解を並べて少しでも自己の立場を正当化しようとする者と比べ量刑上有利な事情であることは、これを否定し難い。

右に摘記したところを中心として、被告人に有利・不利な一切の情状を比較し、本件について酌量減軽の事由である「情状憫諒スヘキモノ」があるかどうかについて考えてみるのに、前記1ないし4の事情のある本件においては、被告人の刑責はきわめて重大であり、アないしオの事情をもつてしては酌量減軽の事由として不十分であるとする見解は、十分成り立ちうるところである。そして、法定刑として「死刑又ハ無期懲役」しか定められておらず、刑法犯中最も悪質な罪の一つと考えられている強盗殺人罪については、一般に酌量減軽の施される例が比較的稀であるという実務における量刑の実情をも考慮すると、とくに遺族の被害感情が旺盛で被告人の厳重処罰が希望されていた原審段階におけるそれとしては、被告人を懲役一五年に処した原判決の量刑は、いささか軽きに失したのではないかとの感を禁じえない。

しかしながら、事実の認定にせよ量刑に関する裁量権の行使にせよ、第一審裁判所が直接審理の末慎重に下した結論は、事後審査を旨とする控訴審においてもできる限りこれを尊重すべきことは、いうまでもないところであつて、とくに、第一審裁判所の健全な裁量に委ねられている余地の大きい量刑を、控訴審において被告人に不利益に変更するのは、慎重でなければならない。かかる見地に立つて本件につき再度検討してみると、前記アないしウ及びオのような情状の存する本件においては、これらの点を重視して酌量減軽のうえ被告人を懲役一五年の刑に処した原判決の立場も、第一審裁判所に委ねられた裁量権の範囲を大きく逸脱していないと解する余地があり、とくに、原判決言渡し後に生じた遺族の被害感情の緩和という前記エの事情を加味して考察すれば、原判決の量刑に、当審においてあえて是正しなければならないほどの裁量権の逸脱があるとまでは認め難いというべきであつて、右量刑は、当審においても、結局、これを維持するのが相当であると思料される。

論旨は、理由なきに帰する。

よつて、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却することとし、当審における訴訟費用につき、同法一八一条三項を適用して、主文のとおり判決する。

(松井 薫 村上保之助 木谷 明)

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